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毒ギョーザ事件からグリコ・森永事件を思い出した

 2008年1月に発生した中国製冷凍ギョーザ中毒事件で容疑者が逮捕された。事件の動機は臨時工だった容疑者の待遇が正社員とあまりにも格差があり、それが会社に対する不満となり犯罪につながったと指摘されている。

 私は毒ギョーザ事件が発生したとき、真っ先に思い出したのがグリコ・森永事件だった。グリコ・森永事件は発生して26年、未解決のまま時効がすでに成立しており、その真相も闇のなかに埋もれてしまった。

 5年前、私が父と満州の「義勇軍」の話をしていたとき、父が突然「犯人の男を知っている」と言い出した・・・

 父は時々突拍子もないことを言い出す事がある。この時は満蒙開拓青少年義勇軍で関わった、ある叛乱事件をしゃべっていたときの事である。

父の15年戦争(11)叛乱http://www.news.janjan.jp/living/0609/0609100951/1.php

 父がいうにはこの時の首謀者のひとりがグリコ・森永事件の犯人ではないかというのである。戦前「義勇軍」という少年屯田兵で満州にいった父は所属中隊の同窓会である拓友会に入っていた。今から26年前、父が還暦のころ神戸で拓友会が開かれ大勢の旧友と再開した。そのとき久しぶりに出会ったのがKという男である。

 父はKをすごく評価していて「Kは頭が良くて正義感が強かった。また情にもろいところがあったが、行動するときは沈着冷静で、若いときから指導者向きの有能な男だった。あんな大胆なことができるのはあいつしかおらん」と言っていた。

 神戸で開かれた拓友会で会ったときに父が聞いた話によると、Kは戦後中国から引揚げてきてから、左翼運動に入り、組合運動も指導していて、事件前にあったグリコの争議にもかかわっていたそうだ。

 Kは、グリコは「ひどい会社」だと口を極めて非難して、何か仕返しをするように言っていたという。父がKと拓友会で会ってから数ヶ月して事件は起こった。事件当時、父は私にそんな話はなにひとつ言っていなかったが、半信半疑のところもあり、噂話だとは言え、旧友が関わっているなど、事件の最中に口が避けても言えなかっただろう。おしゃべりな父だったが、用心深い面もあった。

事件から10年ほどたってKは亡くなり、この秘話を明かして半年後父も逝った。

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