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隣保の方と引揚げの話をしました

 23日近所の方が亡くなってお葬式にいったのですが、一七日の法要のあと食事をよばれました。隣の席が隣保のタケちゃんで、私の家族が中国から引き揚げてきたときのことが話題になりました。タケちゃんはそのころ小学校の3年生でした。

 ある日タケちゃんがラジオを聞いていたとき、「ゴウトシキ」と私の父の名前がアナウンスされました。聴いていた放送は中国からの引き揚者の名簿を読んでいたのです。1953年頃は戦争ではぐれた親族や友人・知人を探す「尋ね人」や海外からの引揚者関係の情報番組がよく放送されていました。

 タケちゃんは早速、私の祖父に連絡しました。祖父は死んだと思っていた父が生きている事を知りとても喜びました。後々まで父の安否が分かった最初の一報を知らせてくれたタケちゃんに感謝をしていたそうです。

 私たち家族が中国から引揚げてきたのは1953年(昭和28年)8月で、お盆のころでした。満蒙開拓青少年義勇軍に地元阿万からただ一人志願して満州に行った少年が15年ぶりに家族をつれて帰ってくるというので町では大変話題になりました。

 その日は町長をはじめ大勢の人が父の実家の前にある池の堤防に集まりました。私たち家族がバス停から歩いてくる姿が見えると万歳をして出迎えてくれたそうです。

 この話をタケちゃんから聞いて胸にグッと来るものがありました。地域社会は暖かかったのです。それに比べ国家はどうしようもないと言うか、国策で子供を遠い満州に送り込んでおきながら、15年も苦労してやっと帰ってくると「アカに洗脳されたと」刑事がつけまわす。ほんとに、おかしな国だと思います。

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