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原子力安全保安員が逃げ出して、思い出した話

原発震災で保安官逃げ出す

 福島第1原発に通常7人いる、安全を監督する立場の保安検査官が17日までに、福島県庁に避難して一人もいないそうですが、毎日毎日テレビに出て、国民注視の的になっている保安院はこの重大局面に国民の役に立っているのでしょうか。

 恐らく現在日本がおかれている状況は、戦後最大の危機と行っても過言ではないが、原発事故の最前線で戦っているはずの保安官がスタコラサッサと逃げ出して安全なところにいる。このことを知って、私は母が体験した1945年8月9日にソ連が参戦した日のことを思い出した。満州国の首都新京の陸軍病院で看護婦をしていた母は同僚と共に吉林の分室に移動命令をうけた。

 満鉄の駅頭は脱出する人の波にあふれていた。列をつくって待っていると、同じ班の看護婦が、母に目くばせをした。少し先で並んでいた女性は病院長(陸軍中将)のお妾さんだった。新京陸軍病院の病院長は一足先に家族と共に日本に帰り、お妾さんは、ほって置かれたのだ。母はよっぽど悔しかったのか、この話を子どもの私に何十回も話した。

 危機に陥ったとき正確な情報ほど大事なものはない。ソ連参戦時、満州の新京放送局は「無敵関東軍は健在なり」大丈夫!大丈夫!と国境にいる開拓団に向かって放送した。それを信じた開拓団は逃げ遅れ無惨な最期を遂げた。

 父の友人で関東軍の司令部で警備兵をしていた人に聞いた話によると8月9日、司令部に行くとほとんどもぬけの殻になっていてびっくりしたそうだ。

ノルウエー気象研究所の汚染シュミレーションを貼っておきます。アニメでわかりやすい。当事者の日本ではなぜ出さないのでしょうか。現在北風が太平洋に向かって吹いていますので、少し安心ですが・・・

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