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こっさん

わがままな美女

 樋口季一郎には二人の姉がいて、次姉の名前をこすぎといった。通称こっさん、と呼ばれていたが、父の話によると、こっさんは絶世の美女で近隣ではかなり名が通っていた。年頃になると当然縁談の話は多く、早く結婚をしたのだが、生来の気の強さと、わがままがたたって、嫁いでわずか一週間ほどで戻ってきた。父親の久八はおうような人物だったので、別に気にもせず、すき放題にさせていたが、別嬪はバツ一ぐらいじゃ、傷にならない。直ぐ貰い手が現れて、いそいそと嫁いでいった。今度は半年ぐらいもったようだが姑と折り合いが悪くなり、また帰ってきた。親もバツ二ともなると心配になったが、別れても次の人が現れ、今度こそと期待をかけたが、三度めも戻ってきた。それでも美人はとくですね。すぐに求婚者が現れ4度目の結婚と相成ったがまたまたぽしゃってしまった。それでも世の中には奇特な人はいるもので、バツ四でもOKという人が現れ5度目の結婚と相成った。結局この結婚も破れそれからは生涯独身を通した。

およばれ

 昭和10年ごろの話である。季一郎は独身の姉にひと月5円仕送りしていた。叔母によると「こっさんは、樋口からお金が送られてくると、なんでも敏しゃん(父)や秀雄ちゃん(叔父)に遊びに来いと誘うんよ、うどんや、ぜんざいを作っていそいそ待っている。けど女のあたしは1回も誘われたことがない…それがくやして!くやして!」

 そのころ軍国主義の時代でなんでも男の子が1番。男尊女卑が徹底していた。この話を私は叔母が亡くなるちょっと前に聞いたが、80歳をすぎても食い物の恨みはよく覚えていて、昨日のことのように歯がゆがっていた。

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