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新京陸軍病院のパン

 この前、県病へ診察に行った帰り、母が「美味しいパンを食べたいわ」といったのでローソンに寄りパンを幾つか選んで、母に見せたのだが、気に入るものがない。家にいる時、母は朝パン食だったが味にはうるさかったので、コンビニでは気に入るパンはないだろうと思っていたが、やはりダメだった。
「もっと発酵しとらなあかん」とのたまう。うどんでもコシだけあってもダメで「発酵してない、味がない」とよくおっしゃる。ヨーロッパにいたわけでもないの、今年喜寿になるばあさんが、パンぐらいでなんで難しいかというと、原点は中国にあった。

 母は昭和19年2月従軍看護婦として旧満州帝国の首都新京(現長春)に着いた。当時内地では食糧事情がかなり悪くなっていて、みそ汁の具に芋のつるがよく入っていたという。それに比べ新京陸軍病院の食事はかなりよく、甘いものなんか看護学校ではめったに食べられなかったのに、汁粉とか羊羹がいつも食べられる。それでも、三食白米だったのがそのうち週に1~2回朝食に食パンが出るようになった。これを代用食と母はよくいっていた。代用食といっても首都の陸軍病院で一流の職人が造るのでとても美味しかったという。

 パンの量は看護婦も兵隊も同じ一斤配給された。パン屋さんで一袋4枚とか5枚とかに切って売っているが、あれだけいっぺんに食べられる人は現在あまりいないだろう。母は「女性は半分でも多いので他の看護婦も皆残した。寮に持って帰って油であげておやつにしたり、お汁粉と一緒に食べた」そうだ。軍隊というのは官僚制で決まった事はいくら不合理な事でも改まらない。ソ連が参戦して新京から脱出するまで、毎度律儀に一斤配給されたという。

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