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父の15年戦争戦後編(2)彷徨

父の15年戦争(2)最後の戦争証言より続く

 Ha11884141ruimg600x45013764516300uy 夏の黒竜江600x3802014011101176冬の黒竜江
 

東大出の奸漢
 父は厳寒の黒竜江沿岸を彷徨っていた。日本敗戦後、ソ連軍の捕虜となり、シベリアに送られる途中、すきを見て三人で一緒に脱走をしたが一人は射殺され、もう一人とは、はぐれ独りぼっちになったのだ。
「あっちゃへ行ったり、こっちゃへいったりもうわけがわからなくなり、意識がもうろうとしてきた」
 行き倒れ寸前に父は、吹雪いてかすむ前方に見慣れた倉庫があるのに気付いた。息も絶え絶え、入っていくとそこには中国人の旧友がいた。
「わしが、特務機関の手先をして、黒竜江沿いのソ満国境調査をしていたころ知り合った。その男は若いころ東京大学に留学していたというインテリで、小麦工場を経営していた。小麦は統制品で中国人には手に入りにくい中、わしは憲兵に交渉して特別に物資が手に入るよう何かと世話をして、友達になった。」
 父の説明によると「その男は親日派で国民党や共産党から見れば※特務奸漢、民族の裏切者とみられていた」
 その東大出の工場経営者は父が重篤なのを知り、ボロボロになった満服(中国服)のコートを着せ、瞬く間にソ連軍と交渉をして軍用列車に乗せた。

※特務奸漢:中国語で同国の人をののしる最大限の言葉。日本語の国賊と売国奴を合わせた強い意味を持つ。

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