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父の15年戦争戦後編(4)謎の大爆発

謎の大爆発

父が牡丹江の病院にいるとき不思議な体験をする。1946年3月頃ソ連軍が撤収する1週間ぐらい前から弾薬庫が次々爆発し始めたのだ。3個師団が戦闘で使う兵器廠なので膨大な量の弾薬が集積されている。数日間大轟音が鳴り響き、爆発は続き、それはすごかったと言いう。事故だったのかと聞くとそうではなくソ連軍が爆破したとのことだ。

なぜソ連軍はそんなことをしたのだろうか。その後病院は八路軍の監理下になるので、武器弾薬は共産軍に渡されたと思いきや、そうではなかった。

歴史修正主義に影響された近代の中国革命を描いた書物には国共内戦で毛沢東が勝利をおさめたのは満州の日本軍が残した膨大な武器弾薬をソ連軍が接収し八路軍にに渡したためだと書いているものが多い。全世界で1000万分以上売り上げ日本でもベストセラーになった「ワイルド・スワン」-マオ誰も知らなかった毛沢東-にもそのように書いてある。

現代中国研究の泰斗、矢吹晋氏はこの本を三文小説と酷評している。解放戦争期、東北民主聯軍軍工部で働いていた武吉次郎氏の証言が次のように彼の著作に記されている。

「ソ連は満州にあった日本の兵器をくず鉄として運んだほか、工場設備、鉄道レール(チチハルから黒河まで)から、高級官僚社宅の家財まで、根こそぎ自国へ運んで行った」ー矢吹晋著中国の政治経済の虚実より

父は敗戦後ソ連軍の捕虜になり、吉林で武装解除されたが、足に腫瘍ができ、その治療のため、機動連隊の戦友より遅れてソ連に入った。森林鉄道で木材を伐採したり、鉄道のレールを剥がしながら黒河まで移動した経験は武吉次郎氏の証言とピッタリ合う。

日本敗北後の国際政治は複雑怪奇で、スターリンや蒋介石、毛沢東などの巨頭が丁々発止と渡り合っていた。共産主義者同士はインターナショナルで結ばれていたわけではなく、大国のエゴが如実に現れた。

スターリンは大連、旅順の租借や東支鉄道、南満州鉄道の共同管理などの利権を戦後誰と交渉すべきか考えた場合、毛沢東よりも蒋介石を選んでいた。(1945年8月14日、蒋介石とスターリンは中ソ友好同盟条約を締結)

それでソ連が牡丹江・液河の日本軍から接収した大砲などの武器は屑鉄としてソ連に運ばれ、無用な弾薬は中共軍にわたらず爆破されたのだ。スターリンは狡猾でこの後アメリカが、全面的に蒋介石に肩入れしだすと逆に毛沢東を強く支援するようになるが、この時期は転換期だった。

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