« 2023年2月 | トップページ | 2023年10月 »

2023年8月

明日9月1日から新疆ウイグル自治区に行ってきます

明日9月1日に関空10:00発中国東方航空の便で上海に行きます。次に国内便に乗り換えウイグル自治区の首都ウルムチに着くのが21:00ですからかなりの長旅です。

今回シルクロードの歴史的な遺産や広大な風景を楽しみますが、他に民族料理やバザールでの買い物、民族芸能の鑑賞も期待しています。また地元のウイグル族の学校も訪問する予定があって、多民族国家中国の民族教育がどんな風にやっているのか興味津々です。

広大な綿花畑をバスで通り抜け、紡績工場の見学もあります、西側世界でうわさされている「強制労働」がどんな風にやっているのか、これも実態がわかるでしょう。アメリカ南北戦争の時代の黒人奴隷の世界が見れるのか、映画「風と共に去りぬ」の情景が展開されているのか・・・

帰ったらいろいろ書きますお楽しみに。

新疆ウィグル自治区に行ってきます

新疆ウィグル自治区ツァー第二陣

来月中国在大阪総領事館が主催する第二次新疆ウィグル自治区ツァーに参加できることになりました。本当は6月に行われた第一陣に参加したかったのですが、私はコロナのワクチンを打っていないし、マスクも慢性鼻炎でほとんどしないので、厳格なコロナ対策をしていた中国に入れないだろうと遠慮していました。

それでこの度第二陣が実施されるということで、ダメ元で応募しましたところ、リモートで面談をするということで、総領事館の方とお話をし、良い感触で参加できることになりました。

キルギスに馬を買いに行った

25年ぐらい前に日本人がキルギスの反政府組織に人質となり、日本政府に身代金が要求された事件があった。テレビでそのニュースが報じられたとき、一緒に見ていた父が、テレビに流された風景を見て、「わしゃ、このあたりに馬を買いに行ったことがある」と言った。

父は常々「わしゃ、あの広い中国は隅々まで行った、そりゃ広い、あんな広い国はない」と言っていたので、チベットも行ったことがあるのか「いやチベットは行っていない」延安は行ったのか「いや行ったことはない」海南島は「ない」まあ追及するとぼろが出るので、私は話半分に聞いていた。

テレビでキルギスの風景を食い入るように見ていた父は馬の話をしだした。「この辺は馬の産地で蒙古馬やアラブ、なんかみなこの辺の馬から出たものだ、汗血馬という名馬がいて、中国では垂涎の的だった」

父の熱のこもった話を聞いているとほんとかなとも思えてきた。話は続く「中国では南船北馬と言って交通の手段は北と南でまるで違う南は河や運河が多く、船が主な移動手段だが北は馬が主要な交通手段だ」

父は人民解放軍の総後勤部で通称「馬部隊」で獣医をしていた。父は馬の話をしだすと止まらない。

「北の馬が南へ移動すると、睡虫病という病気にかかる。馬が歩きながら眠ってしまう病気で、寄生虫が原因だとわかったがこれには困った」

それで?「色々調べると香港に特効薬があるとわかった。当時イギリス、フランスが獣医学で先進国だった。それで人を派遣して買ってきた」父はその功績で大功という名誉ある勲章を2度授与されたという。キルギスと新疆ウィグル自治区は隣り合わせで、広い草原を何百頭もの馬を追う父の姿が目に浮かぶ。

 

 

 

私の家族の終戦記念日

想いでの引揚げカバン

今日は8月15日で一般的にはお盆でご先祖さんが帰ってくる日である。また「終戦記念日」でもあり何か自然に戦争が終わったようなイメージがあるが、本当は天皇が国民に日本の降伏・敗戦を告白した日であり、それまで神風が吹いて日本が勝つと思い込んでいた多数の国民は茫然自失になった日でもある。

私の家族は戦争が終わって8年後、1953年8月8日上海から船に乗って舞鶴に8月11日に上陸、途中尼崎の伯母のうちに泊まり。神戸にいた叔父にあったりして、8月13日ようやく淡路島の三原郡阿万町本庄の父の実家に帰ってきた。

父は14歳の時、満蒙開拓青少年義勇軍に志願して満州に行ってから15年ぶり、母は従軍看護婦で満州の長春(新京)に赴任していらい、10年ぶりの帰国です。私と一歳下の妹は中国で生まれた。従って私たちの家族にとって本当に戦争が終わったのが、昭和28年8月13日と言える。

戦後生まれの私にとっては、8月のお盆は戦争の話より、両親から聞いた中国からの引き揚げの話が思い出される。特に母にとっては幼い私やまだ乳児だった妹を外地から連れて帰ることはことのほか大変だったらしく、子供のころから苦労話をよく聞かされた。

Img_20230813_104443 Img_20230813_104740

上記の写真の下の大きなカバンを二個父が持ち上の小さな鞄は、母が右手で持ち、妹をねんねこで背負い、よちよち歩きの私の手を左手で引き帰ってきた。今思えば苦労を子供にぼやくのも無理はない、敗戦直後の開拓団の子供みたいに井戸にほりこまれなかったものだ。母はその時29歳、若くてピチピチ体力もあった。父はともかく、母には幼子を連れてご苦労様でしたと、言いたいときには母は無し。

 

 

ひとぼし

Img_20230811_062724

灯とぼし

南あわじ市の真言宗の檀家では初盆を迎えることを、「ひとぼし」と呼ぶ。8月になると庭に灯篭木を立てる。

4~5メートルぐらいの立て棒に1.5メールぐらいの横棒をくくり十字架のようにする。頂点から横の両サイドに縄を張り杉の枝をあしらい白い旗をくくる。裸電球もつけて、一晩中灯す。灯をともす、なまってヒトボシ呼ばれるようになった。これを灯篭を立てると言い、真言宗の多い南あわじ市ではかなりの家が、洲本市・淡路市の一部でも真言宗の檀家はこのような行事をする。

なぜこんなことをするのかというと、前年度亡くなった新仏さんは、お盆に生家に帰ろうとするが、不慣れなため家がわからない、それで目印に灯篭木を立て迷わないようにするためだと言い継がれている。異教徒、他宗派から見れば面白い風習だと思います。このほか、「団子転がし」といって35日に山に登り谷に団子を転がす風習がある。人が亡くなり仏さんになり三途の川を渡るのを鬼が邪魔をしようとする、そこを団子を転がし鬼がそれに気をとられている間に「無事」川を渡り極楽に行けるわけです。

Img_20230803_063741

押しかけ真言

うちの隣保では去年おばあさんが亡くなった家があり、今日は「押しかけ真言」というのがあります。この風習は私の町でもかなり特異で他の隣保はどこもやっていないようです。うちの隣保だけが、「ヒトボシ」の家に行き真言を繰って仏さんを慰め、後でお弁当をいただきます。行ってきます。

Img_20230814_100735

 

 

« 2023年2月 | トップページ | 2023年10月 »

2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    
無料ブログはココログ