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私の家族の終戦記念日

想いでの引揚げカバン

今日は8月15日で一般的にはお盆でご先祖さんが帰ってくる日である。また「終戦記念日」でもあり何か自然に戦争が終わったようなイメージがあるが、本当は天皇が国民に日本の降伏・敗戦を告白した日であり、それまで神風が吹いて日本が勝つと思い込んでいた多数の国民は茫然自失になった日でもある。

私の家族は戦争が終わって8年後、1953年8月8日上海から船に乗って舞鶴に8月11日に上陸、途中尼崎の伯母のうちに泊まり。神戸にいた叔父にあったりして、8月13日ようやく淡路島の三原郡阿万町本庄の父の実家に帰ってきた。

父は14歳の時、満蒙開拓青少年義勇軍に志願して満州に行ってから15年ぶり、母は従軍看護婦で満州の長春(新京)に赴任していらい、10年ぶりの帰国です。私と一歳下の妹は中国で生まれた。従って私たちの家族にとって本当に戦争が終わったのが、昭和28年8月13日と言える。

戦後生まれの私にとっては、8月のお盆は戦争の話より、両親から聞いた中国からの引き揚げの話が思い出される。特に母にとっては幼い私やまだ乳児だった妹を外地から連れて帰ることはことのほか大変だったらしく、子供のころから苦労話をよく聞かされた。

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上記の写真の下の大きなカバンを二個父が持ち上の小さな鞄は、母が右手で持ち、妹をねんねこで背負い、よちよち歩きの私の手を左手で引き帰ってきた。今思えば苦労を子供にぼやくのも無理はない、敗戦直後の開拓団の子供みたいに井戸にほりこまれなかったものだ。母はその時29歳、若くてピチピチ体力もあった。父はともかく、母には幼子を連れてご苦労様でしたと、言いたいときには母は無し。

 

 

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