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2023年12月

新疆旅日記⑤「新疆テロ展示館」

新疆会議展覧センターImg_20230902_113432_20231121233901

美女を見た後、行ったのが新疆会議展覧センターだ、ここには新疆ウイグル自治区が成立した経緯や1990年から2016年まで新疆ウィグル自治区で発生した騒乱事件やテロ事件を映像や押収した武器等、総合的に展覧している。初め入り口で通訳の楊さんが、「ここにはテレビでショッキングな映像も流されているので見たくない人は別室で休むことができます」とあらかじめ断った。

今回の中国在大阪総領事館主催のツァーが普通の観光だけではなくこういったところに連れて行ってくれるのは、やはり米国日本など西側諸国が宣伝する新疆ウイグル自治区の「人権弾圧」なるものへの反論がある。

 

Img_20230902_122513Img_20230902_123046新疆ウイグル自治区が成立した時の写真

中国は多民族国家である。このことを理解していない日本人は多い、新疆が中国のどの辺にあることすら知らずに、ウイグル人権弾圧という人もまた多い、実は新疆には中国の56の民族全部が住んでいる。宗教もイスラム教のほか仏教、キリスト教、道教など様々な宗教が共存し、イスラム教を信じる人々もウイグル族だけではなく回、カザフ、キルギス、タジク、タタールなど10に及ぶ民族がいて合すと自治区の6割以上の人口をしめる。また自治区の中に蒙古族や回族の自治州がいくつもあり、イリハザク自治州のように多くの少数民族が入り混じっているところもある。

この多様な民族・宗教状況のなかでなぜウイグル族だけを弾圧するというのか、もしそんなことがあれば、他のイスラムを信ずる人たちは黙っているだろうか。

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テロ事件が多発する1990年代

新疆でテロ事件が発生するようになるのは1990年ごろからである、この主な原因はアフガンでソ連に対するゲリラ活動を行っていたムジャヒディンの一部が新疆ウイグル自治区に流入し始めたことにある。

1989年2月アフガンからソ連軍が完全撤退することにより、1992年ナジブラ親ソ政権が崩壊し、1996年タリバン新政権が誕生した。これにより、ソ連軍と戦っていたムジャヒディンの一部が次の目標として、中東や新疆ウイグル自治区に狙いを定め、テロを起こすようになった。

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もともとビンラディンなどムジャヒディンはソ連弱体化を狙い米国の情報機関が育成したものだが、ソ連崩壊の後は米国と対立するようになった。9.11アメリカ同時多発テロの時、いち早く中国がテロ反対の声明を出したのは新疆で多発するテロに手をやいていた当時の深刻な事情がある。

テロか暴動か反乱か

Img_20230902_125933 Img_20230902_125853 Img_20230902_125848 Img_20230902_125803 Img_20230902_125751 ずらっと並んだ武器類、刀剣や銃器のほかパイナップル手りゅう弾や、砲のようなものもあってこういうのはどこから調達したのか、自分たちで製造できるわけがないし、今のウクライナやイスラエルのように援助していた国があったのでしょう。 

中国大使館のホームページによると「1990年から2016年末までの間に、民族分離勢力、宗教過激勢力、暴力テロ勢力は新疆で数千件に上る暴力テロ事件を画策、実行し、多くの罪のない人が被害に遭い、数百人の警察官が殉職し、財産の損失は計り知れない。新疆の各民族人民に甚大な災難がもたらされた。」となっている 。また1588の暴力テログループを壊滅させ、1万2995人の暴力テロ要員を逮捕し、2052点の爆破装置を押収したというから、新疆自治区で起こっていたことは、ただのテロ事件ではなく、外部勢力の支援に基づく大規模な暴動・反乱というべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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